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平成13年2月10日 岩手日報夕刊 声 掲載

怒りを覚える税金の無駄遣い
藤沢誠60歳(藤沢町ボランティア)

 善良な国民の一人として納税の義務を果たしている私だが、国家機関の税金のでたらめな使途に対しては怒りを覚える。機密費流用が発覚した外務省幹部の場合以外も、各省庁には、報償金とかの名目で、使い放題の公金があるのではないか。

税の重さにあえいでいる私たち「民」は、一円の重みを熟知している。リタイアした仲間は「納税しないで罪人になって刑を受け、刑務所で三度の食事をいただいて一生を終わりたいよ」としみじみ訴えている。省庁再編による一府十二省庁の組織は見栄えはよいが、中身は変化なく、旧態依然と言ったら国民として失格だろうか。

「財務省税金取って祝賀会」ということはないだろうが…。確定申告が始まる。景気浮揚政策が機能しない不景気の真っただ中の申告である。収支計算申告農家、営庶業白色申告、不動産所得白色申告、公的年金所得等で「民」は搾り取られる。農業や商工業の政策の失敗をうやむやにして。今こそ「民」に公的資金を投入せよと叫びたい。


平成13年1月 岩手日日新聞 投稿スクランブル掲載

新成人へ   藤沢誠

40年前の成人の日である。所は千葉県柏市。岩手で生まれ育った私は18歳でで上京し、二十歳を千葉県で迎え、地元の市役所から案内をいただいて、やっと用意した一張羅の背広にネクタイを着けて列席した。

安保騒動という国民的関心事が一段落し、池田勇人首相が所得倍増政策を打ち出したころである。日本人は貧乏であった。岩手からも中高校卒の人たちが東京を目指した時代である。

柏市に気象庁の技術富を養成する学校があった(現在は気象大学校となって同じ場所にある)。学生が寝食を共にするのが「智明寮」で、五十人ほどの若者が青春に苦悩していた。北は北海道から南が九州までの貧乏だが学業につきたいとい
う者たちの集団であった。智明寮の二年間で仲間のきずなもできた。けんかもした。徹夜で将来を語り合った。

私は野球チームの一員として汗を流した。この養成所から気象庁の中核をなす気象マンが巣立ち、二十世紀の日本の天気予報などに尽カした。しかし職種を変更した者もいた。私は教職を選び歩んだ。しかしいまだに友人として付き合いはある。そして勤め人として生活し、たくさんの友人を得た。

新成人に二言と問われたら「時代の流れをつかんで勉強しなさい。心の許しあえる友をつくりなさい。有り余るエネルギーをやりたいことで発散しなさい。そして自己険悪になっても苦しみ悩みなさい。大人を批判しなさい。しかし先輩として良いところを認め盗みなさい。漠然でもいいから自分なりの人生を設計してみなさいと。(藤沢町、60歳)



平成12年12月20日  岩手日日 掲載記事

自動車利用考  藤沢誠

二〇〇〇年師走のタ方、自動車を運転走行中に二つの体験をした。藤沢町の町場から徳田地区へと通る道路でのこと。

夕方、買い物の帰りに自宅へ向かうため、町立藤沢中学校近くを通りかかると、道路端に六十代の女性が立ち止まって一息入れていた。手には大きな紙袋を提げている。買い物帰りで家に戻るところらしいと一目で分かる風情であった。

冷え込む時刻でもあり、車は私一人でもあったから、自然な親切心で「よかったら乗せてあげますよ」と声をかけた。すごく喜んでくれ、感謝された。町立の徳田小学校を通り越し、さらに先に進んだ山の中腹の家に送って差し上げた。

八キロほど走った地点であった。あいにく家人の都合が悪く車を出せなかったとのこと。仕方なく歩くことにしたのだという。「普は歩いて用を足していたから」と気丈さがうれしくなった。

別の日、やはりタ刻の藤沢中学校付近。車で通りかかるとクラブ活動が終わっての帰りらしく、大きな通学用かばんのほかに、これまた大型のバッグを下げて歩いている女子中学生が一人。何のためらいもなく車を止め、「送ってあげますよ」と私の気持ちを伝えると、ドキッとしたこわばった表情のまま「いいです」ときっぱり断られた。

私はあっさりと納得して走り去った。気分は何か悪いことをしたなあ、というものだった。現代の社会には"声掛け"犯罪というものがある。親切と悪行が背中合わせである。市街地と違って私が体験した道路はバス路線ではない。

それに上り下りの起伏の多い所である。タクシーに乗るお金もない、家の人からも迎えの車を差し向けてもらえないという(学童,生徒も含めて)のため通りかかった車が帰宅を支援する方策があってもいいなと痛感した。"この車は安全です"というステッカーを付ける…。

いや待てよ、逆に悪用される心配がある。親切心を社会に還元する自動車利用法を二十一世紀に定着させることはできないものでしょうか。


平成12年11月25日  岩手日報 夕刊掲載記事

地域の実情考え教育改革   藤沢誠 60歳 ((藤沢町文化団体ボランティア)

「日本は教育国だ」と、一国民として自負している」国家百年の大計として学校教育に予算をつぎ込んできた。その成果を認めるものである。特にオラが郷土岩手県は、少ない資金をやり繰りして人材育成に努力して、現在に至っていることに敬意を表した。

時代は生き物だ。絶えず変化し、杜会構造を揺さぶる。日本は先進国として、爆発的人口増加は免れた。しかし、まさかと思っていた現象が起ぎた。子どもの減少、いわゆる少子化である。広大な岩手の里、山,海岸地域のあらゆる拠点に学校を建設し、教育の網を張り巡らしている。

指導する教職員も情熱を持って各地に赴任している。藤沢町も少子化の波をかぶり小学校と中学校が統合される方針が打ち出されている。本学区は丘陵,山里を含んで起伏が多く、通学範囲が広い。自宅と学校との往復は“今まで以上に長距離になってしまう。

保護者も共働きが多い。孫が心配だ。全県的視野で、各地域の実情に合った教育の場を設定してもらいたいと思う。今こそ国家および岩手県の千年の大計の腕の見せどころである。


平成12年11月15日 岩手日日の「ひととき」に掲載

ホーチミン市で会いましょう  藤沢誠

藤沢町が交流しているベトナムから今年も人がやってきた。その一人が砂子田のとあるお宅ヘホームステイをしているというので、近所のよしみで紹介され、面会した。

その人は、ホーチミン市にある貿易大学の二年生、十九歳のTRAN・CAM・THAN,H(トラン・カーム・サン)という女性だった。白いアオザイの服装で出迎えてくれた。「シン・チャオ(こんにちは)」と六十歳の私はベトナムの言葉であいさつはしたが、次の会話ができない。困った様子の私を見て、ミス・サンは日本語で、「どうぞ、日本語でお話しください」と言ってくれた。

ベトナムで習ってきたということで、なかなかに違者なもので感心し、民族衣装姿の素晴らしさを褒めた。「ありがとう、うれしい」と言い、誇らしげであった。若いながら民族の威厳を漂わせていた。

数日後、拙宅ヘミス・サンと、彼女がホームステイしているご一家をタ食に招待し、ささやかながら日本食の手料理でおもてなしをした。私は 日本民族 の一人として気張って和服で接待した。すると、翌日、ミス・サンがベトナム料理で返礼したいそうなので、ぜひ夕食に来ていただきたい、とホームステイ先のお宅から連絡があった。断っては失礼と思い、お誘いを受けた。

ミス・サンは、肉、ジャガイモ、トマト、ヤマイモなどを食材とし、スパイスの利いたおいしい料理をごちそうしてくれた。「おいしいか?」とたずねられ、「大変おいしい」とおかわりまでしてしまった。楽しいタげであった。

ミス・サンがコミックの「ドラゴンボール」の日本語版が見たいと言ったので、ホームステイ先のお宅と協力して全四十二巻をそろえてプレゼントすることにした。ベトナムには現地語版しかないそうである。「来年ホーチミン市へ来てね。私が案内します」とミス・サンが言ってくれた。「カム・オン(ありがとう)」と答え、「ホーチミン市で会いましょう」と約束して
お別れした。(藤沢町藤沢、60歳)


平成12年10月18日 岩手日日の「ひととき」に掲載

岩手のリンゴ    藤沢誠

実りの秋である。山里にも秋が訪れ、小動物が一生一懸命に"秋の実り"を食べ、冬こもりに備えているたくましい姿を見掛ける。

九月から季節商品の注文を受け付けるというので、藤沢町観光協会へ「ふじさわの大地から・藤沢の特産品〈りんこ〉三キロ箱」を世話になった知人へ送ることにした。

岩手県内の人には送るのをやめにした。県内各地には栽培に工夫を凝らしたリンゴの産地がわんさかあって県民はリンゴを名物とは思っていないと考えたからである。

送り先は東京と神奈川県内の居住者に限定し、発送を依頼した。九月中旬から下旬にかけて、藤沢郵便局から「ふる
さと小包」の配達済みという便りが次々に自宅に届い。

そして、それに合わせるようにして届け先の人から礼状がきた。大都会ではリンゴ一個とて何百円もするので、果物として高級品らしい。

礼状の中には、「岩手にもリンゴがあったのか」、「リンゴは青森と信州のものがいいと思っていたが、岩手にもこんなにもうまいものがあったとは」などという大変失礼な
文面もあった。

私は岩手のリンゴを送り、届けて良かったと満足感に浸っている今日このころである。しゃくにさわったので、「岩手人はね、リンゴは食い飽きているよ」と返信した。

賞味した方々の岩手リンゴの評をまとめてみると、三つに要約できるようだ。@酸味があってこれがリンゴだという実感があるA箱から出した瞬間から香りが部屋いっぱいに充満し、長時闇消えないBリンゴそのものが長持ちするの
で、長期にわたって楽しめる、ということであった。

種類によってもいろいろな特徴の違いはあるだろうし、県内及び国内のリンゴに共通するものだろうが、とにもかくにも、ミレニアム2○○○年の岩手リンゴを知人に味わってもらうことができて良かったなあと思っている。
(藤沢町藤沢、60歳)



平成12年9月24日 岩手日日の「投稿すくらんぶる」に掲載

100円ショップ  藤沢誠

人にはそれぞれクセがあって、私は干厩や一関、盛岡、仙台に出掛けると、古書店や百円ショツプに寄ってしまう。そして店を出る時に、数冊の本と何品かの百円の品を手にしている。

古書は別にして、私は百円ショツプの存在を"現代のからくり"だと思うのである。商売、営業にはうとい私だが、百円についつい引き込まれてしまう。

はさみやホッチキス、筆記用具などの文具を訪れる度に買ってしまう。同じような物をいくつも家の中のあちこちに散らかしている。

茶わんや皿もデザインがいいな、と思うと手を出してしまう。皿がいっぱいあってもわが家の料理は変わり映えせず、メニューの貧弱さを嘆いている始末である。

「99円ショップ」「90円ショツプ」も出現しているといううわさも聞く昨今、「なぜだ」と思う、長引く経済不況の中で、安販売は大変な魅力だ。生活に四苦八苦している庶民の味方だと映る。

百円ショップの経営戦略にはそれなりのからくりがあるのかも知れない。雨が突然降ってきたとき、傘が百円で手に入る。とても便利で助かる。品質がどうのこうのと言うことは別にして。

世に出回っている品物(…本当の適正価格はいくらなのか、と考えてしまう"「エッ、これが百円」と、あるショップで見た財布は、私が他の店で二千円で買ったそれとそっくりであった。

ショッビングは楽しいが、怖い世の中になったと思うこのころである。
(藤沢町サンパルナ、60歳)



平成10年4月3日 岩手日報の家庭欄「ここに暮らす」に

    藤沢誠の「すみか求めて全国行脚…藤沢町を選ぶ」が掲載される 


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