1O月21日(日)晴れ・・秋の陽射しがまぷしい。
藤沢町ゴルフクラブの大会。30人の参加。結論から公表すると・・私、ビリ。今年、3回連続ビリ。ほかの人との力量は歴燃。スコアは秘密。一・・ハンティ40を頂戴している。あああ一。
2001隼4月から英会話とともに始めたゴルフ。来年には今年より進歩するぞと目標を定めている。一朝一タで上手になれるものではないとしみじみ思っている。
みちのく藤沢の地で大自然に囲まれて、私は満足してい。自然体の生き方を極めたいと考えている。
俳旬
人てつどい蔓と 希望の 町づくり
人っどい夢と希望の町づくり
空青しあくまで高し希望わく
秋彼岸二九年目の繕婚日
黒大夫 名馬をしのぶ 秋彼岸
豚ふとり アーク牧場 謝肉祭
館が森サルビヤ咲いて 日本晴れ
深賛(ふかがや)の自然のままのアメニティ
田沢湖や永遠を誓った秋の日よ
まさぼう湖 夫婦春秋 波静か
ほろわ湖の神秘を吸って若返る
せんまつ湖 愛を誓いし 秋二人
秋分にかまぱた織りで 萩模様
リンゴ園 カラスそこのけ 収穫祭
黄金咲き 棚田もたわわ 刈り取り日
初雪や 山のいで湯で 夢抱く
米国のミサイルの先 地獄なり
不景気も 五体満足 おらが秋
稲刈りや青刈りの跡 痛々し
見限るな 年金つきの ゴミ亭主
米実る 田んぼ農家に不況鳳
空脅し 下界は暗し 夢消える
10月18日(木)……秋深し・暖房の支度。藤沢町営病院では随時インフルエンザの予防接種をやってくれるという。3000円のところ町が1000円援助して二千円でいいという。やってみよう。
健康教室で水中フイットネスをやった。30人参加、内男子4人。藤沢町では女子が何ごとにも積極的だという。私は男子として……前進あるのみ。
夜7時30分から1時間みっちり水の中で運動。後半はお茶を飲みながら懇談。町営病院の医師の話しを闘きディスカッション。健康への関心が高まった。
夏の終りから「健康教室」で学んでいる。藤沢町の三分の一の割合の65歳以上の『老人」3000人は決して長生きしているわけではない。しかし健康福祉の充実の町として全国から注目されているのは、.<心身逮者で自立・自活可能な支援体制〉が地域の自治活動と行政が協力している。
10月15日(月)一・・晴れ……気温、朝5℃〜昼15℃〜夜3℃
みちの1鰍もすっかり秋……草木が色ずきはじめた。野生動物も冬ごもりの準備に專念している。居住地に時々カモシカがやって来る。熊は来ない。山道でキツネに出会った。鳥は南に去っていったモノたちに変わって、北からの種類が増えた。
人間は、働けと二働けど・・一報われない。政治に期待する時代ではない……と思う。あっちこっちでゴタゴタが目立っ。信じられない事件もおこる。可愛そうな出来事に接すると涙が出る。世の中には悪い奴がいる。良い人が多いのだが。
悪を懲らしめたい。不真面目な奴を抹殺してしまいたい。のうのうと甘い汁をすっている者も多数いる。刑務所で3度のメシをいただいて生き延びている極悠人もいる。
賞をも・らっている人以外に一与えたい人がいっぱいいるのだが・・・…そういう人たちには光があたらない・・・…困ったことだ。
10月↓5日(月)……藤沢町の保健センターから呼ぴ出しがかかった。春の定期健康診断?時「タパコをすいますか」と問診されでいた。藤沢町から喫煙者をなくしたいから協カしてほしいとのこと。『いっから禁煙しますか」…・一・約束しましょうといわれた。……〈2002年■月■日から〉といった。1週間ごとに目標にちかづいているか調査します、という。どうしょう。
10月13日(土リ……晴れ……4町2村のライオンズクラプのソフトボール大会。
千厩町営グランドで試合。私は「藤沢いわてライオンズクラプ」のチームの監督。「絶対に勝っ」と激をとばす。1)がチームは全勝で優勝した。私は7打席でホームラン1本のみ。全席ホームランを狙った。右打ちで引っ張った……やはり無茶は駄目だ……。
基本に忠実でなけりゃ…逆らわず…臨機応変に…筋をとおす…集中力で…努力そして工夫…目標を立てて…前へ。人生も同じだ、と一思った。
10月7日(]〕……晴れ……藤沢町民総参加スポーツ大会の臼
私は目治会24区のソフトボールチームの監督。25名の男子が集まった。名前と顔が一致しない。技量・性格もわからない。「若い人から出場させる、試合終了までに全員を参加させる」ことに専念。私は1回だけ打席に入りフルスイング……60mのホームランラインに球が飛んだ。が相手の左翼手に好捕された。……歳か一。
試合は負けた。でも相手チームは優勝した。強豪だったのだ。
女子はバレーボール、・『老人』はゲートボール、男女混合の綱引きが同時におこなわれた。この内わが24区の綱引きチームが優勝した。
10月2日(火)〜5日(金)・・わが家に外国人がやってきた。38歳白人、オーストラリアから。19人のハイスクールの引率教蹄5人の内のひとり。185p.90s・・体育、技術の教師。グレイグ・エプネターさん。妻と3人の息子。妻は看護婦。
グレィグ・エプネターさん・・外国ははじめて、日本語できない……「藤沢さんは英会話をやっているからホームスティを頼む」と。この三泊四日の顛末はいずれドラマに仕立てたい。61歳と38歳の交流ぶりは一・閉了に1いぞ一。
10月
『老人』は長寿することが幸せなのではない。充実したくらしをしていられる期間が長いほど(65歳〜)「生きている幸福感」をおぼえる時、だ。どうしたらそうなれる
か。藤沢町の全1老人』の調査結果……@孤独でない人A謡し相手がいる人B積極的に地域の行事や学習会等に参加している人C若い人との交流がてきる人D定期的に、日常的にスポーツや散歩等で体を動かしている人・・が生き生きしている、という。
藤沢町では温水プールを利用し、地域単位で町営バスを運行させ、『老人」が水にしたしむようになったら、「生きている幸福感」をおぼえた人がふえたという。ただし、寿命が極端にのぴてはいないとのこと。
私は木曜臼にフイットネス(体操)教室(含水泳)、金曜臼はエアロビクスで体をいじめている。合間にはゴルフ、べ一スボール型の球技のボール拾いをやっている。
こういうことをやっているからといって、まだ「いきている幸福感」の境地にはいたっていない。心に自分に対する不満はある。……何か足りない、と。
9月29日(土)……晴れ一・・午後〜夜
地域の人達と1O月7日(日)の藤沢町民スポーツ大会のわれらが〈24区〉のチームの団繕のパーぺ一キュー・パーティーを行う。子どもたちも楽しみにしているパーティーなのである。私は肉を焼くかかり。
大会での私は男子ソフトボールチームの監督。しかし、メンパーの力量が分からない。若い人から出場させ、全員参加の楽しむゲームをしようと作戦を立てた。
9月25目■(火)……晴れ……いわて水沢市の山の中へ出掛けた。朝6時にふじさわをスタートし・8時30分に指定の現地到着。久しぶりの考古学発掘に参加した。1200年前に、関西の朝廷・餓たちから「鬼」といわれた,「みちのくの民・アテルイ〉さんの痕跡を発見するため。みちのくを征服しょうとする「関西連合軍」にたち向かった「みちのく北部同盟軍」のリーダーがアテルイさんだった、と吉言にある。
阿亘流為……こういう文字で表現されている。どう読みますか。現代史学では一応「アテルイ」と読むことにしている。
朝9時からタ方4時まで発掘に専念。……砦があったらしい高台の土の下から遺跡を堀りだした。見張り役の狼煙(のろし)台らしきもの。……もし、そうだとすれぱ国内では2番目の発見になる、という。調査繕果は2002年3月に発表される。一・・土方仕事なので全身くったくた。出土した1200年前の地層の石を5個記念に持ち帰った。
9月23日(日)「いわて東磐井フェスタ」の行事のひとっであるrふじさわ館が森ツアー』に参加した。藤沢町の伝統工芸のくかまどでの織物:カマパタ織り〉の実習をする。
パスで移動。「たてがもりアーク牧場」の散策。秋晴れのよい天気の日。ここは宮城県との国堺い。眼下に南三陸の海の方向を見っっ、〈たてがもり〉弁当に舌鼓。午後はリンゴ狩り。30人のご一行様は思い思いに好みの品種をえらんで御土産に。一人5個までは無料。私は5っでおしまい。東磐井の人達との触れ合い。4人づれの女性の写真をとってあげた。後日、送ってあげて喜ばれた。
9月9日(日)……35q地点のいわて前沢町ヘマイカーでひとり出掛ける。前沢牛まりを見学のため。台風接近で風つよし。途中、藤沢町のモトク回ス(オートパイ)大会を見て、川崎村の北上川でのボート大会を見物した。秋のイベントをめぐり、楽しむ。
前沢牛を食べたが、松坂牛と日本一を競っているためか値段は高い一・・失望一・・。
◆2001(平成13)年9月・・・…実りの秋気温……平均15℃
みちのく岩手ふじさわに秋がやって来た。田んぼが黄金色に輝いた。台風も披書を与えなかった。めでたし。だが、豊作であるが故に米の値段が下がるという。どうういうことだ。農政のでたらめ。日本は……滅びるぞ。大地があって農桑をないがしろにしてい。
実りみて瑞穂の国を恨むわれ(馬声)
2001年8月5日
地方・田舎からみていると、代議士の方・は真剣に国民のために仕事しているのか、と疑問だ。不景気・・・…店がどんどん閉店している。お金が動かない、物が売れない。仕事がない。農山漁業はもうからない。現金収入が少ない。
ないないずくしの今、国政の選挙はどうなる…変革できるか。
700兆円の国家の欠損をどうする…地方の人は言う『公務員の賃金を減らせ』と。今後何十年にもわたって労働者の給料は低額にならざるをえない。
給料をもらいすぎている者がいっぱいいる…特別国家公務員・高級官僚・外郭団体の天下り役員・国家公認の海外添遣員の給科の二重どり・省庁の機密費や使い切れない予算の隠し金・都道府県や市町村の隠匿資金等…公的資金がねむる「国庫」のからくりを白日の下にさらさねば日本は再生できない、と断言する。
こんなことを考えて…ひとりぐらしをつづけている。くらしのまわりには、「なんて贅沢な」と涙がでる程の自然に囲まれている。3日も経つと草がのぴる。ネオンがない。盛り場もない。自給自足は可能である。健康が勝負だ。
定年前の業績!…住民の共同体では何の役にもたたない。「情」と「奉仕」する心がけが通用する。笑顔と活カ(健康体)は財産だ。地元の施設はフルに活用している。
家事一切をこなしつつ、園芸の手伝い、地域スポーツの補助、自治会の雑務、奉仕団体に参加、図書館・教育文化団体への協力、温水プールの利用、ゲートボール・ゴルフのトレーニング、老人会への加入で体を動かしている。
パソコン講習も受けている・頭の体操に俳句をひねりつつ、原稿用紙に文をねじりこんでいる。文は手書きだ。不自由になったら機械を活用する。朝は4時に目覚めて1日の活動をはじめている。当地も…25度の夏が来た。
2001年8月5日 川柳 馬声
照りつける首都に住む人陽をうらむ
神奈川の今年の天気異常なり
二十五度ふじさわの人あついなあ
雲がわきなぜか田舎に雨ふらす
みちのくは夏まつりまじかたのしけれ
一年半びとりぐらしも板につく
プールにておんなの水着まぶしけれ
球を打つ野球と違うゴルフかな
タバコ吸う若いムスメがうらめしい
酒呑みをあわれに思う二日酔い
山のぼりドリンク飲むも効果なし
居酒屋でナンパしたいが勇気なし
メル友をさがすも指がふるえけり
孫の声じいちゃんはやくシッコして
妻の手の結婚指輪消えにけり
嫁の目に息子リストラ涙あり
八月のふじさわ野焼き日本一
館が森暑気払いにとトロンの湯
2001年7月25日 川柳 馬声
遊ぶ子ら私をにらんであっちいけ
おじいさん!いっしょに遊ぼう球ひろい
子どもらのボディガードや夏の午後
新学期集える顔や春光る
日はうらら父は田舎に子は東都
骨休み農人こもる春の雨
植えたての田に吹く鳳や歌ごころ
山国の山波目指すこいのぼり
若夫婦山菜とりと山へいく
みちのくに桜だよりは未だなし
春眠や暁のみか朝しらず
春暁の雀ぱらつき餌あさる
ふじさわの春田を走る耕うん機
梅雨つづくかびを背負いて農作業
久し振り絵筆にぎるや山っっじ
風一陣大粒たたく雷雨あり
地震あり地ふるうたび夏めきぬ
無きことを言い触らすよな夏の雲
腰曲げて孫を租手にボールけり
生きがいを英語に求めアィラプユー
酒を呑む断って久しい五年ぶり
花子さん九十才でひとり旅
七十正年をのりこえ英会話
ドライプに孫の彼氏と同乗す
梅雨の日に相合い傘で医者通い
プロ選手高校球児の手本たれ
子どもらのボール拾いやボランティア
年金や目漬りやめてと我思う
日本の薫栄祈って手をあわす
定年後逗転免詐取得せり
太郎さん七十才の初デート
シルバーの運動会でほの字かな
おじいさん、メル友作り今さかん
生き抜いて孫六人と混浴す
妻の手に元気出してと精力剤
息子から呼び出されての屋台酒
ジャイアンツ大リーグからヘイカモン
携箒に会いたいわよと女声
旅に出てナンパしたいが年思う
俳句馬一ばせい一声
手花火や闇問に星をっくりけり
咲き誇る藤のむらさき好景気
満開の山つつじ見て闘志わく
万緑や行き着く心自然なり
友釣りをじっと見つめる未婚妻
夏めくや諸肌ぬぎの心地よさ
登校の子ら舞いながら行く夏臥風
おさな子の手をひき歩く梅雨の晴れ
べにトマト少女の手からこぼれおつ
2001年6月18日
はじめてのパソコン学習でした。前から取り組めと周囲から脅追されていました。やつと講習会に参加して、「よかつた」と思っています。何となく自信がつきました。
講師の方々のご親切に感謝します。ありがとうございます。パーソナルコンピュターの機能を知り尽くすまで訓練が必要だと痛感しています。いつ、どこで、どんなプログラムを活用するか、を身につけたいです。
これからの、人生で何がどれだけできるか、自分自身の挑戦になります。生きる力と意欲、そして根気と集中カの勝負になります。そのためには、健康と気カ、遊び心と色気が大切だ、と感じます。
常住臨戦、自分との戦いです。「文化センター・ふじさわ」からの発信にで21世紀の創造的発見的建設的内容が内臓されているか、期待していただきたい、とメールします。
2001年6月15日
◆2001年......4月(定年生活2年目)に決意したことが三つある。
@外国語に挑戦する
Aコンピュータというものの機能を理解する
Bゴルフなるものでプレーする…ちなみに「ゲートボール」は教員現職中に熟年者と生徒合同のクラプ活動の頑問として習得している・・さらに、私は趣味として小学校〜60才の仕事現職までべ一スボールの現役としてプレーしていた……61才からは岩手県蔭沢町立薦沢中学校・野球部の手伝員として生徒と一緒に休を動かした。
ゴルフ……野球のバットスイングまかせにボールをたたいた「俺は、藤沢町のジャック・ニクラスだ、と」イメージしつつ……。
ダメ……なのである。発想の転換の大切さ、力技ではないこと、先人の教
えを尊ぶこと、先違の助言には真理があること、を学んでいる。
隣町の打ちっばなしのゴルフ練習場に少し通って「ライオンズ・クラブ」のゴルフコンペに、なんとかなるだろう、と参加したらぴりっけつ。ブービーメーカー賞として豪華な賞品を授与された。大喜ぴしていたら、「不名誉な・・おなさけ賞なんだよ」とささやかれた。
一緒したメンバの方々は…20年〜30年プレーしているとのこと。しかし、なかなか上手にからない人もいる、らしい私は・燃えた。野球のテクニックは捨てよう、と。
今、連日早朝の無料練習コースで技の習得に努カしている。・・ジャック・ニクラスさんは、私と同じ年だ。彼が引退して、その後の「帝王はオレだ」の気概をもって、頑張る、ぞ一。
◆人口15000人の岩手・ふじさわ町に住み着いて1年。環境・風土に溝足している。ネオンが恋しくなる時もある。が、我慢・・まったくのひとりぐらし。「SEXは!」と質問されたら……もう、年だから…』と返答してる。女性の方は、どうこたえるのでしょう・私は、文章でSEXを描いている。…オスメスのからみはつまらない
◆藤沢町立蔑沢中学校の野球部のコーチとしてからだをうごかしている。文筆の努カが認められて『文芸ふじさわ』の同人になった。英会話での熱心さが評価され!藤沢町国際交流協会の理事に抜擢されオーストラリア・ペトナム・フィジーとの交流に励んでいる。奉仕活動では、藤沢いわてライオンズ・クラブの会員として、地域のために汗をながしている。
…………これが2001年の私の活動状況である。
◆是非、描きたい小説の構想が膨らんできているので、執筆に取りかかりたい。
2001年6月2日
新聞などへの執筆に取り組みつつ,あっという間に2001年も半分を折り返した。
私自身の半分は,とっくに折り返しているが,そんなことはおかまいなしだ。今,できることを毎日たのしくやっている,これが本望である。それにしても,今は,いい季節である,ぜひご同輩 ご一緒に楽しみませんか。
◆2001年3月12日……61才になった。定年2年目。
60才〜のころ…「お仕事は?」と問われて無職』とこたえるのに低抗があった。・・しかし、私の老後の生活方針は実働37年間のキャリアによる年金ぐらしに徹する。
では、その年金に満足か?……私たちの世代は皆、不満だ。じっと耐えている。最低限度の保証もしなくなったら、日本国家に反旗をひるがえそうと、決心している。
◆2001年4月1日………日本国家の新年度。学校の新学期。
日本政府に活カがない。1990年〜の「失われた10年閥」……一体、なんだったのか。私にとっても、50才〜の貴童な「生きるカを学んだ一〇年間」だった。
◆2001年4月〜5月……みちのくは冬から春への衣替え
桜の見頃は4月25ごろであった。ちょっと、山にはいると5月10日ごろまで桜がたのしめた。岩手県の教育界の人事異動は〈日本一広い県>なので、広域異動が当たり前である。
温暖地から寒冷地へ……海岸地方から山岳地方へ……都市部から農山林町村へ 僻地から都会の学校へ……教育力は健在だ。
'
1990年〜の「失われた10年間」の教育行政は軟弱だった、断言する。教師がわるい・学校が駄目だ……とあるグループの、ある特定の抗議にふりまわされていた。
家庭の教育カの低下が顕著だったのに・・。ガツンといこう。
「昔の先生、怖かった」……今、もっとこわいぞ、ということを徹底させよう。